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読後メモ: 『教養としての政治学入門』

いつもの読後メモです。

今回読んだのは成蹊大学法学部著の「教養としての政治学入門」。 成蹊大学法学部の教授陣の共著本になっている。

教養としての政治学入門 (ちくま新書)

教養としての政治学入門 (ちくま新書)

感想

まさしくタイトルの通り、さまざまな政治学のテーマに広く浅く触れられるいい本だった。 日本のことだけではなく海外の話もたくさん書かれており、いままで知らなかった各国の歴史的な政治の特徴や現代の課題を知ることができた。 なぜそのような政治体制を選択するに至ったのかという経緯の部分も書かれていて、前提知識はそれほど要求されなかった印象。世界史の基本的なイベントさえ抑えておけば大丈夫だった。

日本に住んでいると日本の政治の良くない点がよく目に入るので他の国が羨ましくなることも時々あるが、隣の芝生は青く見えるだけで、それぞれの国にそれぞれの課題があるんだなあと、当たり前のことを再認識できたので非常に読んでよかった。かなりおすすめできる一冊。

印象に残ったフレーズ

政治は面倒でひたすら手間がかかる。だが、それを引き受けることこそが、野蛮から離れる叡智である

政治とは野蛮から逃れる叡智である、というフレーズはけっこう沁みた

アメリカの大統領制は、権力とその担い手に対する徹底した不信感に基づいて設計されていた。権力の担い手が、少数派であれ、多数派であれ、王であれ、貴族であれ、民衆であれ、信用することはできない。今日的に言えば、政治家も、官僚も、裁判所も、第三者機関も、専門家も信用することはできない (中略) アメリカでは、政治運営上の効率性への志向よりも、政治権力に対する不信感が強いということなのであろう

アメリカの政治の基本的な構造、効率を捨ててでも権力の腐敗を避ける。うまくいっているかどうかは別として納得した。

参議院は関連法案を否決することで事実上予算に対する拒否権をもつのである。(中略) 予算関連法案を否定したり、内閣不信任決議と同様の効果をもつ問責決議を用いることで、参議院は、事実上、政府も引きずり下ろすことができた。衆議院が選出する首相と内閣を、参議院が否定すれば、循環が起きることになる。二〇〇〇年代後半から二〇一〇年代前半にかけてみられたのはこうした事態である。参議院によるこのような制度の運用は、内閣の不安定化をもたらした。憲法上の想定を超える強さを参議院は示していたことになる

これはまったく知らなくてかなりびっくりした。中学校では「衆議院の優越」と習っていたはずなのだが、現在の日本の国会は圧倒的に参議院が優越している。

日本で一般に経験されたのは「なしくずし」の「戦争から戦後への移りかわり」だったのではないかという観察であった。それは、「私状況」と「公状況」の関係性、「個人体験」と「国家原理」の関係性が原理的に十分に反省されず、ずるずると戦争に巻き込まれ、敗戦を迎え、民主化を受け入れたことを意味する (中略) その帰結は、「誰もが無差別、無限定に被害者であり、誰もが『だまされていた』という奇怪な結論」である。そこでは、「すべてわるいのは国家であり、その国家からは被害者体験をテコとして自分を切り離すことは容易にできたから、『だましていた』責任の主体は、それを構成する人間を欠いた国家という得体の知れない抽象体でしかあり得ない」ことになった。このような状況においては、国民の一人一人が「国家の敗北を自分自身の屈辱として」受けとることもない代わりに、「自分が真に戦争遂行者であると自覚」することもない

日本の戦後について。日本は戦争に負けた後、敗戦に失敗したんだなと感じた。国民全員が被害者となっていろんなものに蓋をしてしまったんだろう

日本やヨーロッパでは科学者の知見に基づいて解決を図るべきと考えられることの多い環境問題も、宗教的争点として位置づけられることがあるのが、アメリカの興味深い所である

まさか地球温暖化問題が宗教的に争点になっているケースがあるとは想像もしていなかった。 気候の変動は神の意思なのだからそれに人間が逆らえるなどおこがましいという話は、そういう立場があると知った上では理解はできるようになった。

次に読む本

次に読む予定の本は「対話をデザインする」。ちくま新書好きなので。