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哲学者になりたいソフトウェアエンジニア / 技術的じゃないことを書きます

読後メモ: 『あなたのチームは、機能してますか?』

久々に読後メモを書きます。今回読んだのはパトリック・レンシオーニ著『あなたのチームは、機能してますか?』です。

きっかけ

この本のことを知ったのはTwitter及川卓也さんが好きな本として触れていたから。

THE CULTURE CODEもそうだが、チームを機能させるというトピックにはいつも興味がある。 また僕はこういったビジネスフィクションもの(確かOKR本も前半はビジネスフィクションだったね)は読みやすくて好きだった。

印象深かったところ

「 そんなのはチームじゃないわ。個人の集団よ」 ... 「あなたたち全員に売上げに対する責任があります。JRだけじゃありません。あなたたち全員にマーケティングに対する責任があります。マイキーだけじゃありません。あなたたち全員に製品開発、顧客サービス、財務に対する責任があります。わかりますか?」

各人が自分の担当だけに責任をもち、目標に向かって互いに連携しない姿に対する、CEOキャサリンの言葉。 チームとは何か、という本質を探る材料になると思った。

政治的とは、自分が本当にどう考えるかではなく、ほかの人にどう反応してほしいかによって、言葉や行動を選ぶこと

「政治的」という表現はあいまいに使われがちだが、この本を読んだ今では何が政治的で何がそうでないかを考える視点が変わった。 何か物事を変えるために、多様なステークホルダーたちを対話に巻き込んでいくことそれ自体は政治的でもなんでもない。 政治的とは、そのやり方が、相手を懐柔しようとする色をどれだけ帯びているかということだろう。

チームを構築するときの信頼とは、メンバー同士が相手に悪意がないことを信じ、グループ内で身を守ったり慎重になったりする理由がないと確信することである。要するに、チームメイトが安心して互いに弱みを見せられなくてはならない。 ... たとえば、あるチームメイトについて、これまでいつも質の高い仕事をしてきたのだから、次もいい仕事をするにちがいないと「信頼」する。  これは望ましいことかもしれないが、優れたチームの特徴となるような信頼とは意味がちがう。そのような信頼のためには、チームのメンバーが互いに弱みを見せ、そうした弱みが自分の不利になるように利用されることがないと信じる必要がある。ここで弱みとは、能力不足、対人関係における欠点、ミス、そして助けを求めることを指す。

よくチームには信頼関係が必要だというが、そもそもチームにおける信頼とは何なのかを明確にする一節。

衝突はタブーと考えられていることが多い。なかでも職場ではその傾向が強い。特に、組織の上層部へ近づくほど、優れたチームに欠かせない激しいやりとりを避けるために時間とエネルギーを費やす人が多くなる。 ... 意見の衝突を避けているチームは、メンバーの感情を傷つけないために衝突を避けた結果、かえって危険な緊張を高めていることが多い。重要なアイデアについてメンバーが腹を割って話し合い、意見のちがいをあきらかにしないと、裏で個人攻撃が起きることがある。その方が、問題をめぐる白熱した議論よりはるかに有害で、たちが悪い。

信頼の欠如によって引き起こされる2段階目の機能不全、「衝突への恐怖」に関する一節。起きるべき衝突を起こさなかったことは、問題への対峙を先送りするだけである。 そして多くの問題は時間が立つほどに複雑性が増していく。

衝突が不要だと考えているメンバーがいるかぎり、衝突が起きる可能性はほとんどない。

チームの全員が衝突を必要なものと考え続けるためには、やはり1段階目の「信頼の欠如」を克服してチームを全員にとって安全な場にしないといけない。

責任感の不足の大きな原因となるのは、全員一致を求めること、そして確実性を求めることである。

3段階目の「責任感の不足」を生み出す2つの大きな要因。 全会一致を求めれば、反対意見のメンバーを説得、懐柔する政治的なエネルギーを必要とし、結果として中途半端な決定だけが残ることになり、それを支持しようという責任感が欠ける。 また確実性もおなじように絶対にうまくいくと思えなければ決定されないというプレッシャーがチームの自信を奪う。 合意できなくても決まったことは支持する、確実じゃなくても決まったことは支持する、これらの土台になるのが1段目と2段目の信頼と衝突による「自分の意見は聞かれ、考慮され、十分に議論は尽くされた」といえることだ。

仲間の態度をとがめることによって対人関係が気詰まりになることに耐えようとしないことと、難しい会話は避けようとする人間の一般的な性質である。優れたチームは、このような本来の性質を克服し、他人との「危険領域に踏み込む」ことを選択する。 優れたチームのメンバーは、互いの責任を追求することによって、相手を尊敬していること、相手の仕事ぶりに高い期待を寄せていることを示し、それによって人間関係を向上させる。 ... チームの仕事で高い水準を維持するために最も有効な手段は、仲間同士のプレッシャーである。その利点の一つは、業績管理や改善措置をめぐる官僚主義的な手続きが少なくて済むことだ。尊敬するチームメイトの期待を裏切ることに対する恐怖は、どのような方針やシステムよりも、いい仕事をしようという意欲になる。

4段階目の「説明責任の回避」、チームメンバーが責任を果たしていないことに対して説明を求めること。その難しさを前向きに乗り越えられそうな視点を与えてくれた一節。 「尊敬するチームメイトの期待を裏切ることに対する恐怖は、どのような方針やシステムよりも、いい仕事をしようという意欲になる。」

チームの究極の機能不全は、メンバーがグループ全体の目標以外のことを気にするようになることである。 ... 現実には結果を重視しないチームが多いことを知っておくべきである。そのようなチームは、有意義な目標を達成するために存在しているのではなく、単に存続することが目的である。このようなグループの場合、信頼や衝突や責任感や説明責任がいくらあっても、成功しようという意思のなさを補うことはできない。

5段階目の機能不全「結果への無関心」。裏を返せば、何か共通の目標を達成するために存在し、信頼しあい、衝突し、責任を果たすのがチームであり、そうでないならグループ(=個人の集団)に過ぎないといえるだろう。

感想

成功するチームが乗り越え、成功しないチームが陥っている5つの機能不全について学べたことはとてもよかった。ありがとう及川さん。

5つそれぞれの機能不全を混同せず、かといって切り離さず、それぞれの機能が噛み合うようにチームを作っていくことが大事だと思った。 この本はパトリック・レンシオーニのビジネスフィクション3部作の3冊めらしいということで、残りの2冊もいつか読んでみようと思う。