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なぜ落合陽一が僕の心を震わせるのか

最近落合陽一氏の本を数冊読み、あっさりとファンになってしまった。 おそらく彼の思想や野望に触発されたんだろうと思うが、その理由を自己分析してみるメモ書き。

落合氏は一貫して「日本」という国をベースにしている。 彼のスキルがあれば日本にこだわらなくてもアメリカやヨーロッパで十分活躍できるし、個人として大きく成功できるだろうと思う。 なのになぜ日本に貢献しようという軸がぶれないんだろうと疑問に思っている。

もし万が一、落合氏の目にこのブログが止まったら、そのモチベーションの源泉が知りたい。

わからないなりに想像してみたのが、彼のモチベーションは貢献そのものなんじゃないだろうか。 つまり、日本というコミュニティが好きで、そのコミュニティへの貢献そのものが目的なんじゃないか。 見返りや報酬のための手段ではなく、目的化した貢献がそこにあるんじゃないかと思った。

そうしてみると、規模は小さいながらオープンソースコミュニティに貢献している自分と重なる部分があることに気づいた。 イベントのオーガナイザやドキュメントの翻訳、ソースコードへの修正パッチなどコントリビューターとしての活動を毎日している。 それをなぜ?と言われると、貢献したいから貢献している、という状態であるのは間違いない。 自分が好きなコミュニティがあり、その中で自身の役割を自分は貢献者だと決めているんだろうと思う。

つまり、日本というコミュニティに対する落合氏と、オープンソースコミュニティに対する僕の相対的なポジションは、それほど違いがないのではないかと思った。

落合氏に勇気づけられるのは、彼もまた僕と同じ20代、同世代であるということだ。 同じ時代で同じ社会現象、出来事を見てきた仲間が世界に影響を与える人物になっていて、その上でまだ日本を見捨てていない。 そこにすごく希望を感じるのだ。 巷では「日本は終わり、プログラマは価値があるうちに海外に行くべき」のような煽りをよく見る。 でも20代なら、まだ再興した先の日本を自分の目で見られるギリギリの世代かもしれない。 日本が好きなら、再興に賭けてみてもいいんじゃないかと、そういう勇気をもらえる。

オープンソースの世界でも、コントリビューターによるプロポーザルやパッチによってとても便利になったり、いままで見えなかった可能性が見えたりする。 僕にとって落合氏は日本というコミュニティに対して再興戦略というプロポーザルを送っているスターエンジニアのようなものだ。 そして同じコミュニティに属している仲間として、コントリビューションを生きがいとする者の端くれとして、彼の野望に巻き込まれたいと思ってしまうのだろう。 そうして僕も「これからの世界をつくる仲間たち」の一員になりたいと思っている。

完全にただのファンレターになってしまったが、一言でいうなら「貢献者」としての親近感が、ファンになってしまった原因じゃないかと思う。

もし少しでも興味を持った同世代の仲間がいれば、ぜひ日本再興戦略を読んでほしいと思う。アフィリエイトはやってないので自分で勝手に買ってほしい。

日本再興戦略 (NewsPicks Book)

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